ピアノレッスン

平成の時代を振り返って

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平成の時代を振り返って自分の活動・人生を見直してみたいと思います。
平成の31年間、4つの区切りがありました。
バリキャリ時代、教育ママゴン時代(もはや死語となっておりますが)、第2ステージ、そしてブレイクスルーです。

 

 

平成元年〜平成6年『バリキャリ』時代

平成元年(22歳)〜平成6年(27歳)は、昭和で言うところのキャリアウーマン、平成であれば『バリキャリ』時代でした。

若いパワー

国立音大を卒業して、すぐにカワイ音楽教室に入社。
大学で入っていた『音楽あそび研究会むっく』がカワイ楽器に強く、部長もしていたこともあり、鳴り物入りでの入社となり、その後も何かと優遇されました。
サークルの顧問が幼児音楽教育の重鎮 繁下 和雄先生で、サークル時代から就職してまでお世話になったこと、感謝の念はつきません。

せっかくいい環境をいただいたということで、ピアノ指導に没頭。
若いパワーを生かして朝から晩までレッスン。
よく営業さんに『先生の声は2階の教室なのに1階にいてもよく聞こえます!』などと言われました。
まさにピチピチ!
もともと大学で子供慣れしてしていたことが功を奏し、生徒も沢山回していただき、カワイの本部の新企画にも推進委員として抜擢。

リア充

音楽教室勤務としては、高サラリーだったと思います。
お金があったら遊びたくなるもの。
海外旅行にスキーに、スキューバー。
朝帰ってきてそのままレッスンへ。
そのこともしばしば。
まさにリア中でした。

キャリアアップ

仕事もだんだん面白くなり、コンクール指導、研修講師のポジションもいただき、後進指導にも燃えました。
順調にキャリアアップ、気がつけば事務所でナンバー2の立ち位置になっていました。

もうすぐアラサー?

どんどんと責任感のある仕事が回ってきて、それはそれなりにやりがいはあるものの・・・
ピアノの先生というのは『お水のような仕事』とよく言われますが、仕事は夕方から夜が中心。
当時は土日もガッツリ仕事していましたので、恋愛する時間も出会いもなく、気がつけば27歳。
アラサー近しと焦り始めました。(結婚適齢期が当時はぐっと低く)

焦りは禁物。
年の離れた人と恋愛してしまったり(不倫ではなかったですが)、お見合いで失敗したりと。
それでも最後には落ち着くところに落ち着いたと言いますか。
同じ年の地元の会社員と出会い、結婚。
新しいステージに突入

平成7年〜平成15年 教育ママゴン時代

平成7年(28歳)〜平成15年(36歳)
昭和の時代には教育ママゴンという言葉が流行りましたが、すっかり死語に。
平成的にいうなら鬼母、お受験ママでしょうか?
そんな時代もあったので書いてみます。

葛藤

カワイ音楽教室をやめたのは、長男が生まれて半年してでした。
並行して青梅市の実家で開いていた自宅教室を一本化することに。
実家のサポートがあったからこそ出来たピアノ教室。
両親への感謝の念は絶えません。

ですが、当時は、忙しすぎて記憶が残っていないほど。
髪を振り乱しての仕事・家事・子育ての両立でした。
今でこそ、いい経験だったと思えますが、いろんな葛藤を感じた時期でもありました。

毒親

私の母は毒親傾向が強く、幼い時から私を支配下に置こうとしていました。
そんな母の呪縛からか、私はとても自己肯定感の低い人間でした。

バリキャリ時代は、意識が外に向いていましたのでそれほど、自己肯定感の低さに影響を受けることはありませんでし結婚して家に入り、実家でレッスンするようになって、ほぼ毎日母親と顔を合わせます。
孫の面倒を見てもらう後ろめたさなどで、私の自己肯定感は高くなるのではなく、さらにさらに下降して行ったのです。
このままでは、自分も生まれ我が子も、ダメになってしまう。

そんな中一条の光が。
それが七田式教育の七田眞先生でした。

早期教育

見た目もボロボロだったと思いますが、心の中もボロボロでした。
自分はダメな人間だ。
自分はダメな母親だ。
毎日呪文のように自分に唱えていました。

そんな中、七田眞先生の『0歳教育のすすめ』という本に出会いました。
それを貪るように読み、ダメな母親の私でもこのメソッドに頼れば、子供は正しく育つのでは?
そんな思いが溢れてきました。(実際はそうではなかったのですが、それに気づくのはだいぶ先のことです)

引き寄せ

本を読み終わって、何かが自分の中で変わっていきました。
そこに書かれてあったことは、今まで私が母親から受けてきた教育とは真逆のもの。
ポジティブな思考だったり、褒めることの大事さだったり。

すると、近くの市民会館に七田眞先生が講演に来るとの情報が!
あまりにもタイムリーだったのびっくりしました。
講演は素晴らしく、私はすっかり七田式教育の虜になりました。
教材を買ったりする中、自宅から1時間ほど離れた教室の講師募集のチラシを見つけました。
七田式教育を学びたい!
自分の子育てに、ピアノ教室の生徒指導にも活かせる!
私は講師採用説明会に申し込んでいました。

ミイラ取りがミイラになる

立川のフランチャイズの七田式教育の教室の講師採用で、私はまたまた大きな影響を受けます。
のちにテレビでもたくさんの取材を受けることになる逸見夫妻の右脳教育、潜在能力に対する熱い思いを聞きました。
これは、講師になるよりもしっかり母親として自分の子供をお願いしよう。
そして私も学ぼうと!
その教室は親の指導にも力を入れていました。
当時9ヶ月の長男を入塾させ、親対象の講座を積極的に受講しました。
そこで、自分の自身の人生を変えるたくさんのキーワードに出会いました。
親学・成功哲学・コーチング・モーツアルト療法・気学・加速学習・潜在能力・生命の暗号(村上和雄先生)など
逸見先生著書『人生の教科書』にも、私のことを載せていただきました。

https://www.amazon.co.jp/人生の教科書-第1巻-心に響く100の知恵-逸見-浩督/dp/4893469568

子供とはずっと一緒にいられない

私が34歳、長男が年中の時に交通事故にあってしまい、彼は左足を骨折してしまいました。
私がリトミックの教室を終わらせて、一緒に参加していた長男が先に外に出てしまい、軽自動車にはねられしまったのです。
幸い命だけは取り留めることができて、私はどれだけ神様に感謝したことか。

世界は1つの生命からはじまった―サムシング・グレートからの贈り物

https://www.amazon.co.jp/世界は1つの生命からはじまった―サムシング・グレートからの贈り物-村上-和雄/dp/4877716149

このことがあって、ここにありますが、
子供は奇跡的に生まれてきた・・・
もっとそれを大事にしよう。
子供は天からの授かりもの。
自分のものではない。
エゴで子育てしていけないと反省。

また子供とはずっと一緒にいられない・・・
もっと子育てを楽しもう。

子供の未来のために詰め込み教育をして、でもその子が途中で死んじゃったら?
その子の今も大事にしよう。
このように、私の子育て感が変わっていきました。

お受験

子供の能力を伸ばす右脳教育の塾で、私は我が子の教育に相変わらず、没頭。
毎日子供に取り組みをし、そしてレッスン。
長男の小学校受験惨敗で私は新たなステージを迎えました。

平成16年〜平成26年 第2ステージ

平成16年(37歳)〜平成26年(46歳) 第2ステージ突入で、光を影、激流の人生がスタートしました。
初めての長男の小学校受験で思い詰めてはいけないとは思いながらも、すっかりハマり。
しかも結果は惨敗。
ミイラになるかと思われるくらい落ち込み、枯れるほど泣いて、何かが落ちていきました。

結果に左右することのない、もっとぶれない、前向きな子育てをしようと!
ここから子供と一緒にいろんなチャレンジをしましたが、あの小学受験惨敗の時のような落ち込み方はするもんかと心に決めました。

コーチング

平成16年に、またまた衝撃的な出会いが。

菅原裕子著子どもの心のコーチング―ハートフルコミュニケーション 親にできる66のこと』

でした。
ここで私は自分が毒親傾向の強い母から教育を受け、自己肯定感が低いまま大人になってしまったと気づきます。
そして、そういった母親から教育を受けると子供がどうなるかも案に想像がつき・・・
ものすごい衝動が沸き起こり、このままではいけない!
自分を変えねばと思いました。

それまでの私は、生徒を変えよう。子供を変えよう。主人を変えようとばかりしていました。
だからうまくいかなかった!
そうか!
自分が変わろうとしていなかったからなんだと!

すぐさま私は菅原裕子さんが取った資格のコーチング機関(コーチトゥエンティワン)に電話し、受講の契約をしました。
70万以上の高額投資でした。
平成16年のことです。
ここからコーチ保科陽子の新たな人生がスタートしました。

コーチングとは、相手の可能性を開花させ、やる気にさせ、その人が自ら目標に向かうことをサポートするコミュニケーションの技術

コンクール

コーチングという大きな武器を手にした私は、模索しながらも子育てに活かしていきます。
同じ頃、小3になった長男とピアノコンクール参戦。
ソロで予選通過と結果が出始め、小5の時には連弾の部でまさかのピティナコンペで全国大会進出
小6の時には、点数的に全国2位
その後も全部で5回も全国コンクールで弾く機会をいただけました。
時に鬼母になる自分の嫌気をさしながらも、コーチングのスキルに助けられ、大きな経験をさせてもらいました。
他にもピティナ指導者検定にチャレンジ、全級習得できました。

出版

出版の声もかかり、
・共著で4冊
・単著で1冊
ムジカノーヴァにも連載を組んでいただけるなど、出版のチャンスもいただきました。

 

http://coachinglesson.com/piano/kyoushitsu/media/

 

全国へセミナー

平成17年、生涯学習開発財団認定コーチの資格が取れた頃、出版の後押しもあって全国(北海道から沖縄)のピアノの先生(4000人余り)対象にセミナーに回らせていただく好機に恵まれました。
傾聴・承認・質問・優位感覚・タイプ分け・セルフコントロール・強み・潜在意識、こうしたテーマを中心に、ピアノレッスンに活用していただくべく3人のコーチとコーチングの啓蒙活動がおよそ10年あまり続きました。

暗黒時代

周りの先生方からは、『飛ぶ鳥を落とす勢い』ですねと言われましたが、それこそ光と影。
影の部分で苦しんでいました。

 コーチングを学び始めた頃、だんだんと当時契約社員だった主人の会社の雲行きが怪しくなってきたのです。
バブル時代の終わり、いわゆる派遣切りです。
それまで社員より高サラリーをもらっていた主人。

徐々に同僚の派遣さんが切られていきます。
怯える主人。
ある日私に『会社を辞めて起業したい!』と
当時曲がりながらも、コーチだった私が反対することなんてできませんでした。
『あなたの人生、あなたが決めたらいい!』
起業する主人。
こうして暗黒時代がスタートしました。

財布の中500円玉生活

主人は、起業したものの、全く売れず。
3年間ほぼ無収入の時代が来ました。
容赦無く降り注ぐ、住宅ローン。
すぐに貯金は底をつき、頼りは私のピアノ教室の収入と安定化しないコーチングからの収入でした。
お財布の中500円。
夫婦二人ならなんとか生きていける。
でも二人の息子たちは?
そう思うと眠れない日々が続きました。
主人は実家にお金を借りにいったり、私はお惣菜を分けてもらいにいったりと。
鬱のようになっていく主人。
この時私は誓いました。
『私一人でも、子供二人育ててやる!』 
経済的自立宣言
でした。
その後、無我夢中で働きました。

世界ナンバー2コーチ

この苦境にあっても私が前を向いていられたのは一人の人物のおかげでした。
マイコーチ谷口貴彦でした。
私は何人ものコーチにつきましたが、一番長く、そして一番深く関わってくれたのが谷口コーチでした。

著書 ザ・コーチ - 最高の自分に出会える『目標の達人ノート』

彼は自分は世界ナンバー2コーチだと。
ナンバーコーチは自分ではない。
あなた自身が自分のナンバーワンコーチになるんだよと私を導いてくれました。
私の100%味方になってくれて、私よりも私を信じてくれて、答えは私の中にあると粘り強く関わってくれました。
夫婦喧嘩の絶えなかった主人とも関係が良くなっていきました。

そんなある日、びっくりすることが。
主人が取引先の社長からヘッドハンティングに。
就職した主人は必死になって働きました。
工場長、専務、重役・・・ついに代表取締役に。
絵に描いたような出世を果たした主人。
自分が変われば、周りも変わる
暗黒時代の終わりです。

平成26年〜平成31年 ブレイクスルー

平成26年(47歳)〜平成31年(52歳)私のなかで起こったブレイクスルー
平成の終わりに感慨深いです。

ブレイクスルー

私の最後の課題。
それは毒親からの脱却
自己肯定感のアップでした。
どんどん良くなっていく環境。
その中で私は、自分のメンタルとどっぷり向き会えるチャンスを得ました。
そのきっかけを作ってくださったのがトップセールスマン崎本正俊先生

ドMのあなたが人生を100倍楽しくする100のルール

こちらの本でも私のこと紹介していただいています。
自己肯定感を上げるには、自己愛の拡大=自分のことを大好きになること!
それを崎本先生に教えていただき、実践していきました。
するとどんどんびっくりすることが!
これこそブレイクスルー!

ウィーンツアー(平成26年)

全国コンクール、出版、全国セミナーのおかげで収入的にはそうでもなかったのですが、認知度だけはあった私。
ブレイクスルーを起こした私にどんどん嬉しいオファーが来ました。
ピアノの先生のためのウィーン研修旅行
子供達も中高生。
家を長期に渡って開ける準備もでき、いざ。
業界に大きなインパクトを与えた出来事でした。

グランミューズ(平成27年)

多くの先生方が、本番でうまくいかずに悩んでいます。
そして、自分はダメなやつ
なんでもっと練習してこなかったんだ!
自分は怠け者。
こうやって自分に厳しく、自分を痛めつけて、本番うまくいっていない現状が気になっていました。

この現状と自己肯定感、自己愛の拡大は関係がある。
これこそ成功の要因では?
芸術の世界、スポーツの世界で活躍している人は本当に自己肯定感が高いです。
熊川哲也、羽生結弦・・・
こうした成功者たちを観察すればするほど確信が持てました。

ふと、自分で試してみたくなり。
平成27年ピティナのグランミューズにチャレンジすることに。
40歳以上の部、A2カテゴリーです。
猛練習が始まりました。

奏法も変え、何時間弾いても疲れない多喜靖美師匠のニュートラル奏法
コーチングのセルフコントロールを実践。
本番直前、吐きそうになりながらも、自己愛の拡大にトライ。
全身の毛穴が開く不思議体験(ゾーンに入る)をしました。
全国さんに近値で迫る好成績で本選を終えることができました。

 

ピアノ経営塾

色々人に後押しされて、ピアノの先生を豊かにする塾、ピアノ経営塾がスタートしました。

ピアノ経営塾のアイディアは、ピアノの先生100人以上とコーチングセッションの中から生まれました。
途中で、生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチの資格も取れ、ピアノの先生たちの目標達成に邁進してきました。
気がつけば業界ナンバーワンのコーチングの実績(ピアノの先生のセッション人数、セッション数)を持つことに。
どうしたらもっとピアノ業界に貢献できるか?
ピアノの先生が真に悩んでいることは何か?
その答えがピアノ経営塾でした。

マーケティング塾

もっとピアノの先生を豊かにしたい
もっと効果的に成果をあげてもらいたい
私はたくさんのマーケティングの塾に通いました。
すると、並行してピアノ経営塾の受講生もどんどん成果を上げるように。
年収327万アップする受講生も現れました。
気がつけば年間824万も自己投資するように。

法人化

そんな中、平成28年(49歳)ピアノ経営塾 株式会社が誕生しました。

新ホームページができました。

ホーム

ピアノ経営塾はこの時点で8期、150人以上のピアノの先生参加いただいております。
皆で仲良く、協力しあって業界をもり立てるべく、まずは自分の教室の発展に頑張っています。

ピアノ経営塾認定講師制度もスタートします。

プロデュース

ピアノ経営塾(株)もスタッフに恵まれ、ピアノの先生たちのITサポートが十分にできるようになってきました。
私自身もレベルアップするためにプロデュースにもチャレンジ。
ある2案件が1000万越え、計3000万越えとなりました。

ノンストレスレッスンコミュ

平成31年、ピアノの先生のための【ノンストレス】レッスンコミュをスタートさせました。
障害児・グレーゾーンの生徒とのレッスンでストレスを感じてしまう先生の情報コミュニティです。

今やいわゆるグレーゾーン、発達障害の児童は増えていると言われています。
そうした子の親たちは、様々の習い事を探しています。

少しで自分の子供のためにと。
ピアノレッスンもそうです。
習いたい親子は多いのに、受け入れてくれるピアノ教室が圧倒的に少なく、問題となっています。
その背景には、そうした子への理解・情報・また適切な指導方法が確立していないことと、ピアノの先生自身にも問題があります。
しっかりとしたピアノ教育を受けたからこそ、ストレスを感じでしまう様です。
コミュニティーでは、どういったところにピアノの先生がストレスを感じてしまっているか明らかにし、それを取り外していきます。

現在159人の先生が登録

https://www.facebook.com/groups/356032171653882/

テレビ出演

平成の終わり、平成31年4月18日にTBS『モニタリング』でオードリー春日さんのプロポース大作戦に協力。
春日さんにゆずさんの栄光の架橋をレッスンさせていただきました。

ビジネスプロフィール完成

この度、平成の活動を振り返ってビジネスプロフィールが完成いたしました。
指導くださいましたのは芝蘭友先生です。

世代人材を育てる指導者を育成する 自己肯定感アップコーチ 愛知県生まれ。
国立音楽大学教育音楽学科幼児教育専攻。
ピアノを3歳から習い、毒母から過干渉を受け、音大ピアノ科を受験するも失敗。
母の期待に答えれなかった自分を責め続け、自己喪失感のもと反抗もできない幼少期を過ごす。
河合楽器音楽教室に勤務。教室勤務では生徒数No.2講師となり、その後独立。
ピティナコンクール大人の部優秀賞、連弾の部優秀賞受賞。
自己肯定感の高い子供を育てるには、保護者、指導者たちの自己肯定感が高くなければいけないと開眼。
その後、指導者への取り組みを始める。
年間4000名のピアノ講師を指導。
ピアノ業界では知らぬ者はいないほど有名なカリスマ講師として活躍。
年間50回以上のコーチングセミナーを実施。
合計250回の講義を全国で行ない、ピアノ講師310名に2800時間セッションをこなすなど精力的に活動。
生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチの資格を取得。
2014年、経営や保護者とのコミュニケーションの取り方まで指導する「ピアノ経営塾」を始動。
年収100万円でもすごいと言われる業界で、年収500万円のピアノ講師を多数輩出。
パートナーとの関係修復、子育ての改善、経済的危機からの脱出など、現場で相談に乗るなか自己肯定感を高められる ”Self Love” メソッドを開発。
現在7期、150名以上の卒業生が活躍している。自己肯定感アップと経済的自立の両方を手に入れられたピアノ講師からは、「イライラしなくなった」「経済的自由を手に入れた」「人生を変えてもらった」など、喜びの声が多数届く。 「人生はデザインできる!」という理念のもと、次世代に活躍する人材育成に励む指導者のサポートに尽力している。
西多摩新聞、音楽雑誌「ムジカノーヴァ」からも取材多数。
ピアノ教育は発達障害を抱える子供や障がい者教育にも効果を上げているため、その普及活動にも力を注ぎ全国を駆け回っている。
著書に『ピアノの先生の伝え方トレーニング』(ヤマハミュージックメディア)、『とっておきのぴあれんキッズVOL.1』(共同音楽出版社)がある。

終わりに

一気に自分の平成時代を振り返ってみました。
最後に素敵なビジネスプロフィールができました。
平成の時代は、ピアノの先生に向けて、もっと豊かになってもらいたいと情報発信してきました。
ですが、平成から令和へ。

少子化の波は歯止めがきかずさらに加速していきます。
このような状況の中、もっと外に向けて
・ピアノ教育の良さ
・ピアノ教育の素晴らしさ
・ピアノ教育の効果
・ピアノ教育の教育的意義

・ピアノの楽しさ
を力強く発信していくことが必要です。
平成の最後にテレビに出るというチャンスを得ました。
オンエアー後、
・ピアノの演奏に感動した。
・自分もピアノを弾きたくなった。
そんな投稿を数多く見かけ嬉しくなりました。
今後私の役目は、もっと外に向けてピアノ教育の素晴らしさ、効果を語る役目なのではと思っています。

平成の終わりに 保科陽子

ライター紹介

ピアノ経営塾

ピアノ経営塾

ピアノ経営のプロが教えて失敗しないピアノ教室・レッスンの選び方。10のポイント。ピアノ教室応援コーチ、ピアノ経営塾 代表取締役 保科陽子
〜ピアノ教室が豊かになる情報も提供中。

<ライターからのご挨拶>

 

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